イモトアヤコの彼氏は誰?竹内結子との友情とは?登山での事件

「世界の果てまでイッテQ」や「珍獣ハンター」で有名なイモトアヤコさんについて調べてみました。イモトアヤコさんは本名「井本絢子さん」、1986年1月12日生まれ、鳥取県西伯郡伯耆町(旧·岸本町)の出身です。学生時代はミスコンでグランプリに輝いた過去があるそうです!文教大学情報学部在学中に、芸能界デビューを果たし、2006年頃から活動をしています。身長は158㎝、所属事務所はワタナベエンターテイメントです。2010年には、ドラマ「99年の愛~Japanese Americans~」で女優デビューも果たし、現在は写真家としても著名で、多彩な才能を遺憾なく発揮されています。

そんなイモトアヤコさんは、お笑いコンビ「フォーリンラブ」のボケを主に担当するバービーさんとコンビを組んでいた過去があります。残念なことに、イモトアヤコさんが「世界の果てまでイッテQ(日本テレビ)」のオーディションに受かってから、海外ロケのためにコンビの仕事ができなくなり、自然消滅となってしまったそうです。現在イモトアヤコさんは「イッテQ」撮影のために、1年の60%以上を海外で過ごされているそうです。

「イッテQ」の珍獣ハンターオーディションでイモトアヤコさんは、陸上部で培った俊足を活かし、50mの全力ダッシュで珍獣ぬいぐるみを奪い取り合格を果たしました。イモトアヤコさんが名声を得るきっかけとなった「珍獣ハンター」ですが、この番組は事前の準備がほとんどなく、下手をすると爬虫類に本当に襲われかねないリアルロケだったそうです。確かにイモトアヤコさんの渾身のダッシュからもリアルさが伝わってきますね、それがこの作品を一流のものにしている所以でもありますが。

イモトアヤコさんの「彼氏」として有力候補なのが、石崎Dさんという「イッテQ」の番組ディレクターです。 石崎Dさんは「嵐にしやがれ」「有吉ゼミ」などの人気番組を手掛けています。 大らかな性格で、視聴者からも人気の高いディレクターです。番組でのイモトアヤコさんのロケには常に同行しており、マッキンリー登頂の際は、番組内で熱いキスを交わす姿も撮影されました。

経緯は、イモトアヤコさんがカメラマンの中島さんに、登頂のお礼に頬にキスをしたところ、嫉妬した石崎Dさんが自分にもキスを要求、するとあろうことかイモトアヤコさんは石崎Dさんの「頬ではなく口に」キスをした、と言われています。イモトアヤコさんは「母親とキスしたみたい」と感想を述べたと伝えられていますが、本音の気持ちはどうだったのでしょうか?

2017年5月放送の『しゃべくり007』では、石崎Dに対して、「責任取って結婚して」と公開プロポーズをしたとう列伝があります。「イッテQ」の番組内では、イモトアヤコさんは石崎Dに100か国目を達成できた感謝の気持ちを手紙にして読み上げました。

イモトアヤコさんの過去の恋愛歴ですが、幼いころ、中学、高校時代を通してずっと彼氏がいたそうです。いずれも彼氏の方から告白してきて交際がスタートするというパターンですが、いずれも彼氏の浮気により破局を迎えたそうです。中学の彼氏は野球部で背の高いイケメン、高校の彼氏は他校で年下の男性だったそうです。

イモトアヤコ、竹内結子との友情とは?

女優の竹内結子さんがインスタを始めたのは、イモトアヤコさんがきっかけなのだそうです。イモトアヤコさんは竹内結子さんが住んでいるマンションの一室を購入した、と言われています。竹内結子さんのマンションは億を超えるのですが、中々空きがでない人気物件だそうです。2人が仲良くなったきっかけは、2014年に三谷幸喜さんの「君となら」という舞台で姉妹役を務めたことだそうです。イモトアヤコさんは、ロケ先から竹内結子さんの部屋に直帰して、手料理をごちそうになったり、海外のみやげ話をしたり、愚痴を聞いてもらったりと仲睦まじいようです。

2017年11月13日の深夜には、イモトアヤコさんと竹内結子さんがほぼ同じ時間にお互いのインスタグラムを更新したことが注目を集め、話題のネタにもなっています。仕事のほうでは、2018年6月1日から放映される「サッポロ一番」の新CMでイモトアヤコさんと竹内結子さんは共演を果たしています。ちなみにイモトさんは他にも、北川景子さん、木村佳乃さん、草刈正雄さんらと親しく、芸能界での人脈が広いようです。

イモトアヤコ、登山での事件

簡単なイモトさんの登山歴です

  • 2009年5月 キリマンジャロ登頂(標高5895m)

  • 2010年8月 モンブラン登頂 (標高4810m)(三山縦走(タキュル→モンモディ→モンブラン))

  • 2011年8月 キリマンジャロ登頂(標高5895m)(2回目)

  • 2012年9月 マッターホルン登頂 (標高4478m)

  • 2013年10月 マナスル登頂(標高8163m)

  • 2015年6月 マッキンリー登頂(標高6168m)

  • 2016年8月 アイガー登頂 (標高3970m)その他、合宿、トレーニング、高所順化、テストトライアルクライミングによる登山

  • 2010年1月 崋山登山(標高2160m)

  • 2011年12月 西穂独標登頂(標高2701m) (雪山登山、滑落訓練)

  • 2012年8月 国立登山研究所人口壁登頂(高さ17m)(人工のクライミング・ウォールによるロッククライミング基礎訓練)

  • 2012年8月 剱岳(源次郎尾根ルート)登頂(標高2999m)(アイゼンによる岩山登山訓練、高所訓練)

  • 2012年8月 リッフェルホルン登頂(標高2757m)(マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング)

  • 2012年8月 ブライトホルン登頂(標高4164 m)(マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング)

  • 2012年9月 リッフェルホルン登頂(標高2757m)(2回目)(標高差200mのアイゼンによる岩山登山訓練)

  • 2013年3月 八ヶ岳(南沢大滝氷壁)登頂(高さ21m) (アイスクライミング技術習得訓練)

  • 2013年春頃 エクスカリバータワー(オランダ)登頂(高さ37m)(人工のクライミング・ウォール)

  • 2013年7月 槍ヶ岳登頂(標高3180m)

  • 2013年7月 北穂高岳登頂(標高3106m)

  • 2013年8月 富士山登頂(標高3776m)(1合目からの登頂)

  • 2014年2月 キナバル登頂(標高4095m)

  • 2014年冬 大山登頂(標高1729m)

  • 2014年4月 メラピーク(英語版)登頂(標高6461m)(エベレスト登頂前の高所順化)

  • 2014年4月 エベレスト登頂断念(直前に死亡事故)

  • 2015年3月 八甲田山系大岳単独登頂(標高1584m)

  • 2015年春頃 ルッツォーネダム(英語版)登頂 (高さ165m、傾斜90度)(世界一の人工のクライミングウォール)

  • 2016年8月 メンヒ登頂(標高4107m)(アイガー登頂のテストトライアルクライミング)

多くの登山の中には、事件もありました。

2009年のキリマンジャロでは、道中スタッフは限界を迎え、イモトさんはクライマーズハイになる状況となりました。 

2010のモンブランでは、登山訓練を経たあと、四つん這いの状態でピッケルを操り、無事攻略を果たしました。 

2012年には、アルゼンチンのアコンカグア登頂を断念しました。標高6890m地点(残り72mです)で天候の条件が揃わず、ガイドである角谷道弘さんの判断で下山への運びとなりました。ちなみにアコンカグアは天候に左右される山で、登頂成功者は全体の3割だと言われています。 

2012年のマッターホルンでは、断崖絶壁の難所を切り抜け、更に落石のアクシデントの中、10時16分に5時間をかけて登頂を成功させました。この登頂にイモトアヤコさんは、ロッククライミングの技術研修、スイスでの検定を経てチャレンジをしています。

2013年のネパール・マナスルでは、登山死亡率21%であると心配される中、無事に登り切りました。

2014年のマレーシア・キナバル山では、森三中の大島美幸・黒沢かずこ・いとうあさこ・川村エミコさんと一緒に登る企画に参加しました。残念ながら黒沢さんとたんぽぽ川村さんは、中腹で断念となりましたが、イモトアヤコさんはみんなを盛り上げながら午前7時48分に無事登頂を成功させました。 

2015年にはマッキンリーを攻略します。この時の登頂率は37% サポーターを帯同せず、すべての荷物を自分で運ぶものでした。事前に青森県の八甲田山で、クレバス対策の雪山合宿を行い登頂に臨みました。ベースキャンプから頂上まででも4000mの高低差があり、ひと月は電気、ガス、水道、電波から遮断された生活となります。

2016年のアイガー登頂は、約50cmの「ナイフリッジ(ナイフの刃のように尖った尾根)」を攻略しなければならず、しかもその両脇北壁側は1800m、南側は600mの崖です。 事前に「メンヒ」という隣山で、テスト登山を行いました。 

2017年には南極のヴィンソン・マシフです。七大陸最高峰のなかでも、登り切った人の少ない名峰と言われています。ここは、風速40メートル~50メートルのブリザードや、マイナス50度(!)ともいわれる体感温度を乗り越えなければなりません。しかも「南極条約」では諸々の決まりごとがあり、その一つに「滞在期間は南極上陸後12日間(つまり登っておりてこなければならない)」というものがあります。そして風速33mの強風でテントが壊れるなどのトラブルにより、高所順応を省略して登頂へトライする運びとなりました。(スケジュール的に、24時間連続での登頂後は、間髪入れずベースキャンプへの下山を意味します。)

下山シーンはすべてカットされるのに関わらず、イモトアヤコさんが下山でヘリを使用したのはマッターホルンと、アイガーのみでした。 それも本人のご意志ではなく、専門家の判断だったようです。そんなイモトアヤコさんの登山に臨む姿勢は、各所で高評価を得ています。これからも、イモトアヤコさんの様々な活躍に期待です!

 

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