高島礼子、元旦那と復縁の可能性は?父介護の真相は

Pocket

1999年2月、高島礼子さんは2年半の交際ののち、俳優高知東生さんと結婚しました。7日にハワイのオアフ島で挙式をしています。披露宴にはのべ800人が参列したそうです。高島礼子さんが極妻を彷彿とさせる白い着物を着たり、式中に2人の喫煙シーンが目撃されるなど、趣向については賛否両論がわかれる挙式でした。

2人ともお酒が大好きで、大いにウマがあったようですね。元・プレイボーイの高知東生さんが、「同じ失敗は繰り返さない」と公言し、それを裏付けるようにおしどり夫婦ぶりが目撃されていました。高島礼子さんが出演している芝居は、同じ内容なのに最低3回は見に行く、「妻の芝居は世界一」と言って憚らない、高知東生さんの高島礼子さんファーストぶりが小気味よいほどだったのです。が。

高知東生さんは2016年6月に、覚せい剤と大麻所持の容疑で現行犯逮捕されてしまいます。その際の高島礼子さんの、時に涙を滲ませながらも、毅然として夫をフォローしつつ、世間に対して詫びの言葉を述べる謝罪会見は、「素晴らしすぎる!」と話題にのぼりました。不倫相手とホテルで現行犯逮捕されていますからね。神か実の母親のような、懐のでかさです。

ちなみに相手のかたは五十嵐敦子さんといい、横浜市中区でホステスをしており、以前はレースクイーンもしており、当時は芸能活動もしていました。ご実家は横浜市旭区の開業医とのことなので、出自はお嬢様のようです。高知東生さんの申し開きは、「10年ほど前から、信じてもらえないかもしれないが知人の1人です」というものです。

松平健さんなどの著名人も、「味方はいっぱいいます!」と高島礼子さんに強いエールを送ったのが印象的な事件でした。みんなは一生懸命、高島礼子さんを高知東生さんと離婚させようとしました。高島礼子さんは情状証人として高知東生さんの公判に出廷しようとし、みんなはこれ以上、高島礼子さんに悪い印象が定着することを阻止しようとしました。そして高島礼子さんは、どんなに高知東生さんとの離婚を促されても、なかなか自分から決断しようとしませんでした。

ですが2ケ月後の8月に2人は離婚しています。高知東生さんから手紙とともに、記名押印済みの離婚届が送られてきたと言われています。高知東生さんのせめてもの、謝罪と罪滅ぼしのつもりだったんでしょうか・・・。離婚は成立しましたが、高知東生さんの保釈金や弁護士費用は、高島礼子さんが負担しました。

高知東生さんは2016年6月より中断していたツイッターを、2018年4月から再開しましたが、

大﨑丈二さんとは、カッコいい本名ですね。覚せい剤と大麻については、依存症にはならずに逃げきれたとのお話です。それは良かったですね。

色々といけないところもある高知東生さんですが、高島礼子さんのことは今でも大好きなようです。しかし、2016年に記名押印済みの離婚届けを送ったとき、高知東生さんは高島礼子さんに対して、「2度とよりをもどさない」と強い覚悟をもって臨んだようなのです。お互いに信頼と愛情をもっているのに、軌道を別々にしなければいけなくなった2人。完全に、高知東生さんが悪いのですが、少しかわいそうな気もします、が。

でも2017年以降も、高島礼子さんは、高知東生さんの生活費や、経営するエステ店への費用負担をおこなっているようなんですね。お金の面では、しっかりとつながっているようです。そこが、一番大事なのかもしれませんが・・・・。2人のいまの密会先は、高島礼子さんの実家・横浜付近であると言われています。ちなみにエステサロンは繁盛せずにほどなく閉店したそうです。

高知東生さんはかつて、高島礼子さんのお父様の介護をするため、2014年の50歳を期に俳優業を引退しました。高島礼子さんは、そのことで高知東生さんにかなりの恩義があるようです。当時はマスコミや世間も、「漢気がある」「プロ主夫」と高知東生さんの姿勢を絶賛していました。

高島礼子さんのお父様は2003年ごろからパーキンソン病を患っておりました。パーキンソン病とは、脳内快楽物質とも呼ばれる神経伝達物質「ドーパミン」が減少していくという怖い病気です。手足が震える、動作が鈍くなる、歩行が困難になる、また、幻聴や幻影などもあるそうです。

高島礼子さんの実家ではお父様の介護のため、ヘルパーや家政婦5~6人がシフトを組み、お父さんの面倒をみる状況が、何年も何年も続きました。高知東生さんの、出番も極小となるほどの、完全介護ぶりですね。

そして、介護生活15年を迎える2018年ころ、高島礼子さんは雑誌のインタビューで、「昨年から意識もなくなり、もはや自分たちのためだけに延命治療しているのではないか・・・」と辛い胸の内を語っていました。例えば、「胃ろう」という延命治療を行うと、本人の意識がない状態のまま体にチューブが通され、寝たきりのまま生存状態が続くことになります。

「リビング・ウィル」として、生前意識のある本人の、「延命治療をおこなうか、否か」が明らかにされているケースは、非常にまれです。また本人の同意のないまま、一度延命治療を開始してしまった場合、非常にやめ時の決断が難しいようです。

明治学院大学で英語を教えていたといわれているお父様は、20歳でお母様をがんでなくされた高島礼子さんの、羅針盤でした。高島礼子さんの芸能界入りを後押ししたのも、このお父様だったそうです。

高島礼子さんのお父様との、そして高知東生さんとの、強い絆。そして、一流女優として、これからの高島礼子さんはどのように活躍していくのか。

これからも高島礼子さんを応援していきます!!

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)