中山忍、結婚できない理由は渡瀬恒彦だった?姉・中山美穂より身長高くかわいいお宝画像

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デビュー31周年、初座長を務める

2019年にデビュー31周年の中山忍さんが、10月に三越劇場で初の座長を務め、「レッドスネーク、カモン!」で“東京コミックショウのショパン猪狩さん(~76)の妻・千重子さん“を演じました。その際中山忍さんは、

「私自身の結婚は、もういいかな」

とスポーツ報知さんに語っていたそうですが、それは本音なのでしょうか?

https://twitter.com/ShinobuNakayama/status/1214006351719878656?s=20

ドラマ女王の背景に渡瀬恒彦さんの存在が

中山忍さんが、現在の「2時間ドラマの女王」になるまでには、2017年に亡くなった渡瀬恒彦さんの存在がありました。1995年に、姉の中山美穂さんが「Love Letter」でヨコハマ映画祭、ブルーリボン賞で主演女優賞、中山忍さんが「ガメラ 大怪獣空中決戦」で同・助演女優賞と、姉妹Wで映画賞を受賞したのち、1997年に初めて渡瀬恒彦さんと2時間ドラマで共演することになります。

ところが撮影時、中山忍さんはサシのシーンで渡瀬恒彦さんに、「もう一回やって。」、セリフのやり直しを要請されます。やり直す中山忍さんに渡瀬恒彦さんは、「もう一回。」と、淡々とセリフのやり直しが繰り広げられたそうです。

更には遂に撮影終了後に、中山忍さんが謝罪を口にするも、渡瀬恒彦さんは無言で現場を立ち去ってしまったそうです。これに中山忍さんは、大きなショックを受けたそうです。

しかし!これをきっかけに、「芝居を甘く見ていた」と、中山忍さんはプロ根性に火がつき、演技の研究を重ねながら2時間ドラマのキャリアを積み上げていきます。ついに13年後、再び渡瀬恒彦さんとの共演が叶いました!

その作品ではラストで中山忍さんが泣く演技をする予定でした。ところが!中山忍さんが泣く演技をする場面直前に、渡瀬恒彦さんがアドリブの一言を発したのです。

「これがあなたの心です。」

これが呼び水となり、中山忍さんは渾身の泣きの演技を披露しました。

中山忍さんは、渡瀬恒彦さんの包容力と洞察力に感謝すると共に、演技の間合いや呼応の重要さを悟り、「役者人生が変わった!」とこの時のことを語っているそうです。しかし、13年越しの合いの手とは、渡瀬恒彦さん、奥が深いいです。さすが渡瀬恒彦さんです。

渡瀬恒彦さんが、中山忍さんに厳しい父性のような思いやりで臨んだのには、渡瀬恒彦さん自身が渡哲也さんという偉大な兄を持ち、常に比べられることを乗り越えて自分自身のキャリア・ポジションを築いてきた経験があり、同様に中山美穂さんという著名な姉を持つ中山忍さんを案じていた、とも言われています。

「俺もだ。きょうだいで同じ仕事をしてるけれども、お姉さんが偉大とかお兄さんが偉大とか関係ないんだ。ちゃんとやってるんだからこのまま頑張ればいい。自分はそういうふうにやってきた」出典:https://www.daily.co.jp/gossip/2017/11/17/0010741595.shtml

ある撮影現場で打ち上げの際、あるスタッフが冗談で、「姉が有名だから大変」と中山忍さんをからかった際、渡瀬恒彦さんは

「なあ忍、俺もだよ」

と中山忍さんを優しく励ましてくれたそうです。中山忍さんはサンスポ・インタビューで涙ながらに語っていました。

「仕事が楽しいからプロポーズを断った」

中山忍さんは2010年頃、年上の男性にプロポーズされた経緯があるそうです。その時は、「仕事が楽しかったので、断ってしまった」そうで、中山忍さんが結婚しない遠因は、実は渡瀬恒彦さんにもあったともいえます。

他にも、中山忍さんは姉・中山美穂さんと同様に母子家庭で育っており、大人になってからも、姉・中山美穂さんが作家・辻仁成さんと離婚を経験するなど、一般的に幸せな家庭生活をイメージしづらい環境に永らくあったことが、中山忍さんが結婚に踏み切らない原因なのかもしれません。結婚の噂もないですが、1988年に15歳でデビューしてこのかたスキャンダルもない、クリーンなイメージの女優さんの1人です。

https://twitter.com/ShinobuNakayama/status/1226729269402800129?s=20

とはいえ恋愛経験はゼロではなく、「じっくり聞いタロウ」(テレビ東京)では、次長課長・河本準一さんいわく、「すごいお相手でございます」という超有名俳優の御方と、約半年間の恋愛経験があると語っていました。

2019年7月に、「今夜くらべてみました」(日テレ系)で恋愛について聞かれると、「今は(交際相手は)いない、去年の頭まではいた」と正直に回答をしていました。交際相手がいるとマネージャーにもすぐにバレてしまう、ウソがつけない性格なんだそうです。

また、ドラマで共演した名倉潤さんが、

「電話番号聞いたらいけないようなバリアがあった」

と話した際、中山忍さんは、

「すいません、そうなんですね」

と答えていました。天然の、「近寄らないでオーラ」が少し、あるようです。

まぁ別に結婚しないって決めてるわけでもないですよ。普通に恋愛して、家庭を持って、子供を授かってって、意識しないでもできるものだと思ってたら、なんかうっかりしちゃって…現在に至るみたいな。

結婚しないのは確信犯ではなく、天然のようです。

https://twitter.com/ShinobuNakayama/status/1232503470340505605?s=20

「中山美穂の妹」から大女優になるまで

中山忍さんは1988年頃、既に大スターだった姉・中山美穂さんを成田空港まで見送りに行った際、のちの「鬼平犯科帳」吉田啓一郎監督の目に留まりスカウトされます。母の後押しで女優・歌手としてデビューしますが、必ず「中山美穂の妹」とキャプションがつくことがコンプレックスとストレスになってしまいました。

事務所は報道側に「姉の話題はNG」と対策を打っていたのですが、1991年に清水アキラさんが禁を犯しアドリブで中山忍さんに、中山美穂さんのモノマネを強要したことから、中山忍さんは歌手活動を休止しバラエティ番組からも距離を置くことになります。

そしてここから、中山忍さんは本格的に女優の道を歩み始めますが、松方弘樹さんなどが出演する1992年放送「刑事貴族3」で早速、洗礼を受けることになります。

「スタッフさんたちが怖かった。立ち位置を間違えると、カメラマンさんからは、“写ってねえんだよ。自分から写れ”と。あまりの怖さに泣いてしまうと、“目が腫れるから泣くな”と言われるほどでした」出典:https://www.dailyshincho.jp/article/2019/08221415/?all=1&page=2

そんな“怖い”現場で、地井武男さん、水谷豊さんなど一流の役者陣から啓発を受けていきます。

「撮影の合間、水谷豊さんは“演技中は瞬きをしない方がいい”とか、“台詞は、語尾までしっかり話した方がいい”と演技のイロハを丁寧に教えてくれました」

「地井さんは“礼儀はきちんとしなきゃいけないが、芝居という一つの土俵に立った時は遠慮しちゃいけない”と励ましてくれました。その後、地井さんの遺作となったドラマで共演した時、“いい役者になったな”と仰っていただけて……」出典:https://www.dailyshincho.jp/article/2019/08221415/?all=1&page=2

2018年のデビュー30周年時に既に、2時間ドラマ139本、連続ドラマ23本、単発ドラマ45本に出演し、“2時間ドラマの新女王”と呼ばれるまでに躍進した中山忍さん。最近は、「姉の中山美穂さんより美しい」説も浮上してきています。下積みがしっかりしているため、これから益々の実あるキャリアが期待できそうです。これからも中山忍さんを応援します。

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